東日本大震災から六年が経過した。六年前は、東京にいても、意気消沈している人がほとんどだった。
しかし、今はどうだろう。東北のことばかりを気に掛けたあの頃と違う。自分の暮らしを見つめる、かつての時間に戻っている。残念ながら"記憶の風化"が進んでいる。
思えば平成25年4月26日、「東北・夢の桜街道運動」による東北復興支援事業「"美しき桜心の物語"の語り会」の第2回公演で、宮城県の鹽竈神社を訪れた時、地元の皆さんの歓迎してくださる姿、それは、まさに「被災地を忘れないで!」という切なる願いの表れだった。
私は、この「桜の語り会」で定番になっている「しだれ桜」(瀬戸内寂聴作)を語り、そのあとのトークで、鹽竈神社にある国の天然記念物"鹽竈桜"復活の物語をお話した。実(み)のつかない桜で、接ぎ木により代を継ぐ桜だ。かつて、その"鹽竈桜"が次第に少なくなり、とうとう最後の一本を境内に残すのみとなり、存続の危機が迫った時、地元の人々が神社と一緒になって復活に奔走し、命を次代につないだ。私は、その桜を地元復興のシンボルにできたらとの想いから取り上げた。すると、この「"鹽竈桜"物語」が予想以上に喜ばれた。中には、お店を早じまいしてお越しくださった方もいた。夜の公演だったので、県外の観客の方は、「桜の語り会」の前後に、近隣に宿をとり、各地から寄進された境内の名木を観桜し、当地自慢のお鮨をいただいたり、銘菓・銘酒を求めるなど、皆さん、楽しいひと時を過ごしたようだ。塩竈から松島の方まで湾内観光を楽しまれた方もいたと聞く。そして、この日に合わせたように、"鹽竈桜"が咲き始めた。まさに「桜の語り」に相応しい一日であった。
このほかにも各地の被災地を私は訪れているが、そのたびに出会う地元の方々の切実な言葉。「私たちを忘れないでください。ぜひ、会いに来てください。精一杯のおもてなしをします!」
東北復興支援事業を開始して6年目の今年は、4月15日に山形県にある四十番札所・月岡公園(上山市)で第6回「桜の語り会」を開催する。ぜひ多くの方にお越しいただきたい。桜を楽しみに訪れること自体が支援につながるからだ。